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田所恵は、誕生日を迎えていた。
誕生日は、毎年一人でゆっくり過ごすと決めている。
決めている、というかまあ、誰からも誘いが来ないからなのだが。
「ちょっくら、誕生日らしいおでかけでもするか」
と、てくてく歩いてやってきたのは、近所の寺の裏にある墓場。
もちろん、ここに親族が眠っているわけではない。赤の他人の墓たちだ。
どういうわけか、田所恵は墓場が好きなのである。
墓、と一言に言っても、その姿は様々だ。
綺麗に手入れされている墓もあれば、ほったらかされている墓もある。
飾られた花の枯れ具合から、どれくらい前に人が訪れたかが分かる。
缶ビールがいくつも置かれている墓からは、そこに眠る故人が酒好きだったのだろうと想像できる。
墓場をめぐり、ひとつひとつの墓の様子をながめ、想像を膨らませながら歩く。ここにはいないんだけどいる、その感じを味わうのが好きだった。ある墓の前を通り過ぎてから、二度見する。
墓前に、ネギが供えられていたのだ。
なぜ、ネギを……?
しかも、さっき供えたばかり、といった感じの新鮮なネギだ。
よっぽどネギ好きの故人なのだろうか……。
毎食ネギを食べ、風邪をひいたらネギを首に巻き、地元ネギをPRするために結成したアイドルNegiccoをこよなく愛した人だったとか。
そうか、そんな故人を想い、誰かがつい最近、ここにネギを供えた……。家族か、友人か、はたまた恋人か……。ええやん……愛やん……。
勝手にエピソードを想像し、しんみりする田所恵。
「今日が、あなたの命日とか、記念日なんですかね。」
しみじみとひとりごちながら、そっと供えられたネギに触れてみる。
青々としたネギは、ひんやりと冷たかった。
「みっちゃんですか?」
背後から呼びかけられた。
振り返ると、そこには年老いた女性。膝から下の足元がスウっと透けている。
「みっちゃん、ですか……?」
老婆は、心許なさそうに田所恵に尋ねた。うん、何回見ても足は透けている。スケスケだ。
よく見たら、両手を前にぷらんと垂らし、頭には白い頭巾をしている。
つまり、こいつは幽霊だ。こんなに幽霊でいいのか? と不安になるぐらいのザ・幽霊だ。
あまりのテンプレ幽霊に感動してしまった田所恵、うっかり、
「はい! みっちゃんです!」
と返答してしまった。
「みっちゃんかあ!」
目を潤ませる幽霊。
「みっちゃんです!!」
語気を強める田所恵。
「みっちゃん!!」
ひし、と幽霊に抱きしめられた田所恵は、同じテンションで幽霊の名前を呼び返したかったが、誰だか分からないので、
「ネギー!!」
と返した。
「そっか、ネギ、持ってきてくれたのね」
顔をほころばせ、幽霊はしみじみとネギを見つめる。
「はい、ネギ、持ってきました」
とりあえずオウム返しでその場をしのぐ田所恵。
「どこの?」
幽霊は、透き通るような目で田所恵を見つめて尋ねる。
どこの!? どこっていうのは、産地……? いつも買ってる農家とか……?
ドストライクで答えるのは無理だろ……どぎまぎしながら、
「いつものですよ」
ウインクしながら答えた。
「いつものかあ……ありがとうねえ……わざわざねえ……」
幽霊はまた、目を潤ませた。
セーーーフ!みっちゃんセーーーフ!いつものどこか知らんけど!
しかしこの幽霊、というか故人は、やはりよっぽどネギが好きなのだろう。
供えらえたネギに感動するなんて。
老婆の幽霊は、ネギを手に取り、抱きしめて沈黙する。
静かな時間が流れたと思いきや、突然、幽霊は、ガブ、とネギにかぶりついた!
幽霊が生ネギを食っている! と妙な感動を覚える田所恵。
「無理かあ」
幽霊はため息をついた。
「九条ネギでも成仏、無理かあ……」
しょんぼりと肩を落とす幽霊。
幽霊、成仏できずに試行錯誤してたのか。ていうか、そのネギ、九条ネギだったのか。
どうしよう。もしも、成仏できない幽霊にネギを理由に絡まれたら? とか考えたことがなかった。
非常事態にもしもの想像機能が停止した田所恵。
「ねえ、みっちゃん、一旦、家行っていい?」
深夜番組のディレクターのように言い放った幽霊の言葉も、
「お、おん……」
と受け入れてしまった。
次号へつづく(田所シリーズ初の連続編!)
イラスト うちやまはるな
✍️書いた人
宮前じゃばら
作家・脚本家。長野県松本市在住。ザラザラしたものをつるつるに磨くことと、火焔型土器を眺めるのが好き。