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🥟[短編小説]もしもが気になる田所さん『いい夢が見たい田所さん』

✍️ 宮前じゃばら

もしも度:🥟🥟


「お願いします!」

田所恵は、泣きながら飛び起きた。夢だ。また悪夢を見てしまった。


どうしても水餃子が食べたくなり、町中華に入って水餃子を頼んだ。
おまち!と威勢よく出てきたのは、焼き餃子。ちがう。食べたいのは水餃子だ。
せっかく作ってもらったものを無下にもできないので、仕方なく焼き餃子を食べながら、水餃子を注文する。

しばらくして、おまち!と威勢よく出てきたのも、焼き餃子。

「すみません、これ、焼き餃子ですよね。水餃子頼んだんですけど」

さすがに店員に伝えると、店員は申し訳なさそうに、
「あ、水餃子ですね、すみません。水餃子いっちょおう!」と、厨房に勢いよく伝えた。

これでもう大丈夫だろう、と思いながら、一応出された焼き餃子は食べる。だんだんお腹が膨れてくる。水餃子が食べたいのに。

おまちい! なぜ。また、出てきたのは焼き餃子である。

おまちい! と皿を置いて消えようとする店員の腕を掴んで田所恵は尋ねる。

「あの、これ、焼き餃子ですよね? もしかしてこの店はこれが水餃子ですか?」

「これ、焼き餃子ですねえ!」

「えっと、さっき水餃子頼みましたよね?」

「水餃子頼みましたねえ!」

「なんで焼き餃子が出てくるんですか?」

「そうですよねえ!」

怖い。ホラーじゃねえか。

この店は何かがおかしい。三皿目の焼き餃子を平らげたら、とっととこの店を出よう。

田所恵は、焼き餃子をもくもくと食べる。

そこに、おまちい!と、また、焼き餃子がやってきた。

「焼き餃子、頼んでないです!」

「水餃子、頼まれたんで」

「でもこれ、焼き餃子ですよね?」

「焼き餃子ですねえ!」

「お願いします! もう焼かないでください!」

おまちい! おまちい! と、田所恵のテーブルにひっきりなしに運ばれてくる焼き餃子。

「お願いします! 焼かないでください! お願いします!」

ここで、泣きながら目を覚ましたのだった。


ひどい餃子の夢である。
ハーっと息をして自分の口の匂いを嗅いでみる。にんにくの臭いはしなかったが、口は臭かった。

歯を磨きながら田所恵は考えた。

今日は大晦日。年の暮れだというのに、ここのところあまりにも悪夢が続きすぎている。こんな状態で新年を迎えるのは、たまったもんじゃない。もっとめでたい夢を見たいのに。

そうだ。はたと、思い立った。

一富士二鷹三茄子。
初夢に登場するとおめでたいと言われるこの三つ。

もしも、この三つを初夢に登場させることができれば、かなりおめでたい、幸先の良い新年のスタートを切れるのではないか?

見たい夢を見るには、眠る直前にそのイメ―ジを強く意識するのがいい、と、どこかで聞いたことがある。

もしも、富士山と鷹と茄子が登場する初夢を見るとしたら。

田所恵は初夢のストーリーを考えることにした。

舞台は富士山だ。登山着を着ている田所恵は、8合目に差し掛かっている。
初登山に、なぜ富士山を選んでしまったんだろう。きつい。もう二度と登るもんか。膝は笑い、肩で息をしながら一歩一歩登っていく田所恵。

少し休憩、と岩に腰かけ、水を飲んでいるところに、鷹がやってきた。

「我が名はタカ!」

鷹が自己紹介してきたので、田所恵も、田所です、とぺこりと頭を下げた。

「我が名はタカ!」

鷹は繰り返す。まるで飼い主に覚えさせられたインコのように繰り返す。

田所恵は、鷹に話しかけてみる。

「飛ばない豚は?」

「タダの豚!」

鷹は即座に応答した。どうやら、ジブリファンに飼われていた鷹らしい。

鷹は田所恵に妙になつき、肩に乗ってきた。そこそこ重いし、爪が食い込んで痛い。

しかたなく、鷹を肩に乗せつつ、山頂へ向かう。

田所恵は、杖をつきながら一歩一歩、歩みを進めていく。足が鉛のように重い。肩の鷹も重い。
さあ、ここから茄子をどう登場させようか。

山頂についたときに、美味しい茄子料理が出て来るとか?

でも、山頂に着いて食べたい茄子料理ってなんだ? わたしは、水餃子が食べたいのに。

「おまちい!」

下の方にいる登山客から、聞き覚えのある声がした。鷹とともに振り返る。

そこには、息を切らした町中華の店員の姿。
手には、焼き餃子の皿。

「ぎゃあああああ!」

叫びながら目が覚めた。

時計は、12月31日の、朝6:30。

いい夢が見たい。水餃子はもう、食べなくていい。

イラスト うちやまはるな

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✍️書いた人

宮前じゃばら

作家・脚本家。長野県松本市在住。ザラザラしたものをつるつるに磨くことと、火焔型土器を眺めるのが好き。