Moshipedia
「お願いします!」
田所恵は、泣きながら飛び起きた。夢だ。また悪夢を見てしまった。
どうしても水餃子が食べたくなり、町中華に入って水餃子を頼んだ。
おまち!と威勢よく出てきたのは、焼き餃子。ちがう。食べたいのは水餃子だ。
せっかく作ってもらったものを無下にもできないので、仕方なく焼き餃子を食べながら、水餃子を注文する。
しばらくして、おまち!と威勢よく出てきたのも、焼き餃子。
「すみません、これ、焼き餃子ですよね。水餃子頼んだんですけど」
さすがに店員に伝えると、店員は申し訳なさそうに、
「あ、水餃子ですね、すみません。水餃子いっちょおう!」と、厨房に勢いよく伝えた。
これでもう大丈夫だろう、と思いながら、一応出された焼き餃子は食べる。だんだんお腹が膨れてくる。水餃子が食べたいのに。
おまちい! なぜ。また、出てきたのは焼き餃子である。
おまちい! と皿を置いて消えようとする店員の腕を掴んで田所恵は尋ねる。
「あの、これ、焼き餃子ですよね? もしかしてこの店はこれが水餃子ですか?」
「これ、焼き餃子ですねえ!」
「えっと、さっき水餃子頼みましたよね?」
「水餃子頼みましたねえ!」
「なんで焼き餃子が出てくるんですか?」
「そうですよねえ!」
怖い。ホラーじゃねえか。
この店は何かがおかしい。三皿目の焼き餃子を平らげたら、とっととこの店を出よう。
田所恵は、焼き餃子をもくもくと食べる。
そこに、おまちい!と、また、焼き餃子がやってきた。
「焼き餃子、頼んでないです!」
「水餃子、頼まれたんで」
「でもこれ、焼き餃子ですよね?」
「焼き餃子ですねえ!」
「お願いします! もう焼かないでください!」
おまちい! おまちい! と、田所恵のテーブルにひっきりなしに運ばれてくる焼き餃子。
「お願いします! 焼かないでください! お願いします!」
ここで、泣きながら目を覚ましたのだった。
ひどい餃子の夢である。
ハーっと息をして自分の口の匂いを嗅いでみる。にんにくの臭いはしなかったが、口は臭かった。
歯を磨きながら田所恵は考えた。
今日は大晦日。年の暮れだというのに、ここのところあまりにも悪夢が続きすぎている。こんな状態で新年を迎えるのは、たまったもんじゃない。もっとめでたい夢を見たいのに。
そうだ。はたと、思い立った。
一富士二鷹三茄子。
初夢に登場するとおめでたいと言われるこの三つ。
もしも、この三つを初夢に登場させることができれば、かなりおめでたい、幸先の良い新年のスタートを切れるのではないか?
見たい夢を見るには、眠る直前にそのイメ―ジを強く意識するのがいい、と、どこかで聞いたことがある。
もしも、富士山と鷹と茄子が登場する初夢を見るとしたら。
田所恵は初夢のストーリーを考えることにした。
舞台は富士山だ。登山着を着ている田所恵は、8合目に差し掛かっている。
初登山に、なぜ富士山を選んでしまったんだろう。きつい。もう二度と登るもんか。膝は笑い、肩で息をしながら一歩一歩登っていく田所恵。
少し休憩、と岩に腰かけ、水を飲んでいるところに、鷹がやってきた。
「我が名はタカ!」
鷹が自己紹介してきたので、田所恵も、田所です、とぺこりと頭を下げた。
「我が名はタカ!」
鷹は繰り返す。まるで飼い主に覚えさせられたインコのように繰り返す。
田所恵は、鷹に話しかけてみる。
「飛ばない豚は?」
「タダの豚!」
鷹は即座に応答した。どうやら、ジブリファンに飼われていた鷹らしい。
鷹は田所恵に妙になつき、肩に乗ってきた。そこそこ重いし、爪が食い込んで痛い。
しかたなく、鷹を肩に乗せつつ、山頂へ向かう。
田所恵は、杖をつきながら一歩一歩、歩みを進めていく。足が鉛のように重い。肩の鷹も重い。
さあ、ここから茄子をどう登場させようか。
山頂についたときに、美味しい茄子料理が出て来るとか?
でも、山頂に着いて食べたい茄子料理ってなんだ? わたしは、水餃子が食べたいのに。
「おまちい!」
下の方にいる登山客から、聞き覚えのある声がした。鷹とともに振り返る。
そこには、息を切らした町中華の店員の姿。
手には、焼き餃子の皿。
「ぎゃあああああ!」
叫びながら目が覚めた。
時計は、12月31日の、朝6:30。
いい夢が見たい。水餃子はもう、食べなくていい。
イラスト うちやまはるな
✍️書いた人
宮前じゃばら
作家・脚本家。長野県松本市在住。ザラザラしたものをつるつるに磨くことと、火焔型土器を眺めるのが好き。