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💧[短編小説]もしもが気になる田所さん『友達が欲しい田所さん』

✍️ 宮前じゃばら

もしも度:💧💧💧

「おれねえ、誰とでも友達になれるよ、生き物ぜんぶ!」

前から歩いてくる子どもが、父親と手を繋ぎながら言った。

「なんでも~? ほんとになんでも~?」

父親は、ニコニコしながら子供に答える。

「なんでも! 犬でもなれるしい、亀とか、雑草とかでも!」

子どもは、本気なのか父親に構ってもらいたいからなのか、屈託なく答えた。
親子は田所恵とすれ違い、声は後ろに遠ざかっていったが、

“生き物ぜんぶと友達になれる”

そう言い切る子どもの言葉が妙に頭に残った。

田所恵は、現在独身である。
だからといって特に不自由なく暮らしているし、友だちがいないこともないのだが、
この先パートナーができる気配もなし、老後も一人で生きていく可能性について、
時折真面目に考える。

(生き物全部と、友達になれるんだったら、いいなあ)

人間じゃなくても、友達がたくさんいれば老後も楽しいだろう。
ぼんやり考えていると、いつもの商店に着いた。

新鮮な地物の大根が、120円で売っていた。
まるまる太って、良い大根だ。

田所恵はハッとする。

“生き物ぜんぶと友達になれる”
“雑草でも”

さっきの子どもの声がリフレインした。

「もしも、わたしがこの地物の大根と友達になれるのだとしたら……?」

10本以上ある大根の中から、一番どっしりとしたものをおそるおそる手に取った。

とも・・・だち・・・・

ドキドキしながらレジに向かい、田所恵は友達を購入する。

「ピ。120円です。」

ひとたび“友達”と思ってしまうと、

レジで機械的に120円と告げられることにムカついてくる。

田所恵は、むしゃくしゃしながら、ぴったり小銭はあるのに一万円札を出した。
釣りはいらねえよ、と言うでもなく、ちゃっかりお釣りは受け取るので、何の意味もないのだが。
店員は、大根一本に万札出すなよ、と顔には出さないが心の中で舌打ちをしているに違いない。

さて、友達となった大根を抱えて帰宅した田所恵。

連れてきたのは良いものの、これから一緒にどうすごせばいいか、戸惑った。
いきなり家に招いてしまったのだ。のっけから距離を詰めすぎている。
家に来たいかどうか、意志を確認するべきだった。
しかし、大根氏にどうやってその意志を確認すればよかったのか。

なんとなく、大根氏をこたつの上に置いてみる。

「全然、くつろいでもらって」

田所恵は声をかけるが、大根氏はもちろん無言だ。

困った。
紅茶か珈琲を淹れようかと思ったが、大根氏が飲みたいと思うかも分からない。

大根氏の前にそっと水を置く。
田所恵と、大根氏の間に、気まずい空気が流れる。
そうだ、この二人きりの状況が気まずさの原因だ。
知り合ったばかりの人と、二人きりになっても話が続かないというのはよくあることだ。
二人なら手詰まりする場も、三人いれば誰かが助け舟を出してなんとかなる。

「もう一人だな……」

田所恵は、冷蔵庫からエリンギを取り出し、大根の隣に置いてみた。

これで、田所、大根、エリンギの鼎談だ。

「さっき、友達になった大根氏と、こっちは、3日前に知り合ったエリンギ氏です。」

一応、二人を紹介してみるが、もちろん、田所恵以外は喋らない。いや、喋っているのかもしれないけど、田所恵にはそれが分からない。

沈黙が続く。

三者になったところで、気まずさは変わらなかった。

人間の言葉でいくとダメなのだ。田所恵は考える。

われわれに共通するものはなんだろう。言葉ではないとするなら。

ゲームをやるわけにも、テレビを観るわけにもいかず、一緒に歌うわけにもいかず。
2人は動くこともできないし。

水分・・・。

田所恵は閃いた。

水分は全員にあるんじゃないの?
水を含んで生きているってところは、共通してんじゃないの!?

エウレカ!

「ひとまず、一緒にお風呂に入りましょう!」

大きな声で大根とエリンギに提案した。
その勢いに2人はビクっとしたとかしないとか。

同じ釜の飯を食う中というが、同じ釜に入る中になれば、一気に仲良くなれるはずだ!

風呂場にやってきた田所恵は、大根とエリンギを抱えながら湯加減を確認する。

「あちッ・・・45℃は、ちょっと熱すぎたナ~ッ!」

新しい友達との不思議な状況にはしゃぎながら、野太い声を出してお湯に浸かる田所恵。

そして、大根とエリンギも入浴を促す。

「さあさあ、どうぞどうぞ。」

三人でゆっくり、お湯の中でコミュニケ―ションしようじゃないか。
同じ釜の中でさ。

そして。
大根はお湯に沈み、エリンギは浮かんだ。
足元に転がる大根と、ぷかぷか漂うエリンギ。

2人は、どんな気持ちだろうか。解からない。

「友達って、どうやってなるんだっけ」

田所恵は、風呂場でひとり、つぶやいた。

イラスト うちやまはるな

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✍️書いた人

宮前じゃばら

作家・脚本家。長野県松本市在住。ザラザラしたものをつるつるに磨くことと、火焔型土器を眺めるのが好き。