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もしも子どもたちがマスクを外さなかったら

✍️ 安斎 高志

中学3年のわが子が外でマスクを外そうとしない。聞けば学校ではクラスのほぼ全員がマスクをしているという。もはやマスクを外すというのは下着で歩く感覚だという子もいるそうだ。それを聞いて、私の心配の虫が騒ぎだした。マスクをしたまま多感な時期をすごすとどうなるのだろう。

「目は口ほどに物を言う」と言われるが、口角や小鼻、頬の色などもやはり物を言う。大人になったときに何かが欠落したりしないだろうか。

私は、中央大学文学部心理学専攻の高瀬堅吉教授(博士・行動科学)の研究室を訪ねた。高瀬教授の論文には「ポストコロナ時代の若者を理解する新しい発達理論の必要性-行動科学が果たす役割」などがある。

マスクによって生きやすくなる人もいる

–娘の中学校では、だいぶ前から先生のほうが率先してマスクを外しているのに、子どもは外さない、外せないという状況になってしまっています。それで心配になったのですが、成長していく過程で悪い影響はありませんか?

高瀬さん:まずは発達の時期によって、マスクの影響は違ってきます。それは後ほどお話しするとして、中学3年生という自意識が出てきたタイミングでは、そんなに悪いことではないと考えています。

–それはなぜですか?

高瀬さん:まずは、何か欠点があったり自信が持てなかったりで、顔をすべて出した状態では社会に出づらい人は今も昔もいますよね。そういう人には「マスクを着ける」という選択肢が一つ増えることになります。

–なるほど。多感な時期だからこそ、その状況に救われる人もいるということですね。

高瀬さん:私は今、メタバースを活用した心理支援システムの開発を進めているんですけど、そこではアバターでコミュニケーションするんです。自分のアピアランス(=外見)に自信がなくて、晒され続けることに耐えきれない人も、アバターを利用すると自分を出しやすくなる。同様に、マスクを着けることで現実の世界に出ていきやすくなる人が一定数います。そうした人にとって、説明や言い訳をしなくてもマスクを着けていいということはプラスですね。

–それがいいことなのはわかります。でも、口元が見えるのと見えないのとでコミュニケーション能力の発達って変わってきませんか?

高瀬さん:実はマスクの有無で表情を読み取る精度はそんなに変わらないという実験結果があります。それによると、8割から9割の精度を保てる。よほどピリピリした状況でもなければ、8割くらい感情がわかればそこまでの問題じゃないと思います。

–そう言われればそうですね。コミュニケーションに対するデメリットより、選択肢が一つ増える人がいるということのほうがプラスな気がしてきました。

高瀬さん:マスクに反対する人のなかには、マスクのない時代を「昔は良かった」と懐かしんでいるだけの人もいる気はしますね。

–僕もそれに近いかも。価値観をどんどんアップデートしていかないとダメですね…。

高瀬さん:そんなに気にする必要はありません。人類はずっと、次の世代のコミュニケーションについて文句を言ってるみたいですから。かなり古い文献にも、「最近の若いやつらは、、、」という文章が残っているそうですよ(笑)。

–「最近の若いやつは」っていう愚痴は昔からあるんですね…(笑)

高瀬さん:人類のIQは少しずつ上がっているらしいのですが、その割に年長者が若い人を愚痴るのが変わらないというのは面白いなと思います。

乳幼児と接するときは注意が必要

–先ほど影響は「発達の時期によって違う」とおっしゃいましたが、心配な年代もあるんですか?

高瀬さん:乳幼児は心配です。言葉をおぼえる過程では、音だけではなくて、話者の「口を見る」ことが重要なんです。「口」と「言葉」は連動する必要があるので、その時期のお父さん、お母さんはマスクを外していたほうがいいですね。

–それって何歳くらいまでですか?

高瀬さん:諸説ありますが、2~3歳くらいまでは言語獲得に重要な時期と言われています。

–結構早めですね。でも、そこから先の年齢になれば、マスクの有無が言語能力にそれほど影響しなさそうってことですか?

高瀬さん:実はまだわからないというのが正直なところです。コロナ禍以降、子どもの言語を含めた様々な能力が落ちたという研究もあるんですよ。

–問題じゃないですか…。

高瀬さん:ただ、それにはマスクだけでなく、複合的な要因がある可能性が高いんです。コロナ禍で外出が自粛されたり、日本でも運動会などさまざまなイベントがなくなったりしましたよね。そうすると、コミュニケーションそのものを取らなくなります。それは影響が大きいです。

–なるほど、マスクだけが要因とは言えなさそうですね。

高瀬さん:他にも、コロナ禍での成長に関しては、小学生の非認知能力に大きな影響があったという調査結果もあります。

–非認知能力?

高瀬さん:情緒や好奇心などといった人間的な力を「非認知能力」といいます。これが落ちたという調査結果もあるんです。ただ、こちらも先ほどお伝えしたのと同じく、複合的な要因がある可能性が高いです。

–いろんなことが禁止されていましたもんね…。

高瀬さん:先ほどの懐古主義も含めて、バイアスがかかった研究もたくさんあるので、それらを読み解くリテラシーが必要になります。

–「昔は良かった」からスタートする研究はだいぶバイアスがかかりそうですね(笑)。

マスクよりもずっと心配なのはSNS

–ただ、今のところ中学生の成長にそこまで心配はなさそうで、安心しました。

高瀬さん:私がマスクよりもずっと心配しているのはSNSの影響です。圧倒的に情報量が少ないので。

–情報量が少ない? 「情報過多だから問題」ということならわかりますが…。

高瀬さん:たとえばLINEのやり取りって、文字だけ並んでいたら冷たく感じたりしますよね。

–そうか。ちょっとした表情とか、声色とか、そういうものは伝わらないですもんね。

高瀬さん:そう。実際に対面するとたくさんの情報があるんですけど、そうした情報がSNSだとあまりに少ないんです。だからミスコミュニケーションが生じます。テキストのやり取りだけでは感情を誤解しやすい人も多いので、私は情報量を増やすためになるべく顔文字をたくさん使うようにしています。

–確かに私もよくメッセージに「!」とかつけますね。全センテンスに「!」がついちゃって軍人みたいになってることがあります。

高瀬さん:そうしたコミュニケーションって、すごく「ウデ」が必要になるんです。そうすると、コミュニケーション・リテラシーの格差がもろにコミュニケーションに影響してしまう。

–ちょっと前に、絵文字の多い「おじさん構文」が話題になりましたが、ちょっとミスれば笑われる、なければ冷たい印象になる。「ウデ」が要りますね…。

高瀬さん:ちょっとした感情の読み違えによるミスコミュニケーションはX(旧Twitter)なんかで特に多いですよね。そこに匿名性も加わって、リアル空間では絶対にできないような罵り合いのようなやり取りが生まれたりもします。マスクが隠してくれるものなんて、Xの匿名性に比べたらかわいいものです。

–確かに…。

高瀬さん:そしてSNSがあると、いじめが学校だけでは終わらないのも問題です。

–スマホを手放さないかぎりずっとついてくるわけですもんね。逃げ場がない…。

高瀬さん:あと、最近は自閉スペクトラム症の学生も増えています。それには診断基準が変ったなどのいろんな要因がありますが、やはり昔に比べたら「コミュニケーションを取らなければいけないシーン」が増えていることの影響が大きいと私は考えています。

–しかもそのコミュニケーションには情報量が少ない…。生きづらい世の中を生きているんですね…。

高瀬さん:そうなんですよ。だから、生きづらい若者が少しでも減ると考えると、マスクも「一つの選択肢が増えた」というポジティブな捉え方ができそうじゃないですか?

–そうですね。視野が広がった気がします!ありがとうございました!

中央大学高瀬研究室

https://takaselab.r.chuo-u.ac.jp/

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✍️書いた人

安斎 高志(あんざい・たかし)

コピーライター、編集者、映像ディレクター。合同会社案在企画室CEO(ちょっとイイこというおじさん)。二児の父。もしもに関する想像力のたくましさは極めつけの折り紙つき、かつ保証つきの太鼓判つき。