SHARE

  • Twitterのリンク
  • facebookのリンク

Moshipedia

もしも絵を描くのがニガテだったら

✍️ 小林 拓水

もしも度:🎨🎨🎨🎨🎨

絵がニガテだ。

3歳の娘とお絵かきをしていても、要望に応えられない。先日「ラクダを描いて」と言われて、描いてみた絵がこれだ。

リアクションに困った3歳児は、愛想笑いを浮かべていた。娘に気を遣われる父の情けなさ……。

今回、話を聞いたのは、長野市内で「カンガルーアートスクール」を主宰している母袋京子さんだ。絵に対する苦手意識を払拭するべく、28年以上アート教育に携わってきた母袋さんに話を伺った。

そもそも絵は上手い・下手ではない

——僕、絵が上手くなりたくて。

母袋さん:そもそも上手く描こうとすること自体が間違いね。

——え……!それは、どういうことでしょう?

母袋さん:上手いかどうかって正解がある世界の言葉じゃない?よく小さな子どもが自転車に乗れたら「上手、上手!」って言うけれど、自転車の乗り方って決まっているでしょ。でも、絵には「こう描けばOK」という正解がない。

——ふむふむ。とすれば、「上手い」以外に、どのように絵を評価すればいいんでしょう?

母袋さん:絵を描くことって自己表現だから、自分らしさを表すことができたかどうかが大切。だから、アートスクールの生徒にも「上手いか下手か」という優劣をつける言葉じゃなくて、「ここをこうやって現したんだ。面白いなあ」「この線の描き方カッコいい」「どうしてこうしたんだろう、どんな感じ?」などと会話します。

▲「カンガルーアートスクール」で絵を指導する母袋さん

子どもが絵を描くのを楽しむワケ

——僕の娘も絵を描くのが大好きなんです。その姿を思い返すと、たしかに上手さにとらわれず、自由に絵を描くのを楽しんでいる気がします。

母袋さん:本当に子どもの絵って素敵ですよね。表現することを心から楽しんでいる。

▲母袋さんの「カンガルーアートスクール」の教え子の絵

——でも、どうして子どもって絵を純粋に楽しむことができているんでしょう?

母袋さん:子どもって、産まれるまでの間ずっとお母さんのお腹の中にいるでしょう。その間は真っ暗な世界かもしれない。でも、外に出てきたら目に映る世界は一気にさまざまな色に彩られたものに変わる。その感動が残っている子どもの頃は、自分でさまざまな色を使って描けるのが楽しくて仕方ないんじゃないかなとも思うんですよね。

——もしかしたら本能的に絵を描くことを楽しんでいるのかもしれないですね。

母袋さん:でも、成長していくにつれて、「上手く描きたい」って自我が強くなったり、「絵を見られたくない」って羞恥心が出てきたりして、だんだん絵を遠ざけるようになっちゃうんだよね。あと、意外と多いのが、親が「汚れるから」って知らないうちにブレーキをかけちゃうこと。

——(ぎくり)気をつけます……!

母袋さん:おすすめは、部屋の隅っこをビニールで養生して、大きな布をかけて、絵の具やクレヨンを置きっぱなしにすること。そうやって、いつでも自由に絵を描ける片付け不要のお絵かきコーナーをつくるの。汚れてもいい、お絵かき用の“ユニフォーム”を用意すると、子どもたちも喜ぶわ。

——なるほど!参考にします。でも、いざ大きくなってしまった自我や羞恥心って、大人になってから取り払えるものなのでしょうか?

母袋さん:もちろん。私は多感な中高生や人生経験豊富な60代以上も教えているけれど、絵の向き合い方を伝えると、みんな自己表現していけるようになっていきますよ。

「隅っこに太陽を描く」のはNG

——実際にどのように「絵の向き合い方」を伝えているんですか?

母袋さん:自由なテーマで表現したり、お題を与えたり、外に出て行ったり。その中で「自分を出せばいいんだよ」って伝えている。でも実は「そもそも自分ってなんだっけ……」ってところから改めて見つめることになるから、それがことの他難しい。その芯がわかってくると「絵の向き合い方」が楽しくなってくる。
私からできることとして、アートスクールで柱にしている2つのことがあるの。ひとつはその子の個性を引き出すこと、もうひとつがテクニックを教えること。でも個性というのは都度変化していくのだから、決めつけないことも大事。伸び代や別の世界は無限にあるのがアートの世界だから。

——自己表現というと「何でも自由に描けばいい」というイメージがありましたが、ちゃんとテクニックも伝えるんですね。

母袋さん:「もっとこう表現したい」というイメージがあるのに、そこに届かなかったらつまらないし、第一、新しいことを知るってワクワクするでしょう!「こういう画材を使ったら」とアドバイスを送ったり、「こうしちゃった方があなたらしいんじゃない?」とあえて少し手を加えることもあります。きっかけかな。

——「そうじゃない!」と言ってくる子とかいないんですか?

母袋さん:もちろんいますよ。

——いるんですね!

母袋さん:でも、それでいい。摩擦が生じた結果、改めて自分で「何?」って考えるでしょう。世界は大きいんだとも。気づきが生まれたらいいんです。

——摩擦が生まれることで、自分らしい表現に近づくという。

母袋さん:あと、うちのアートスクールでぜったいやってはいけないことが「太陽を隅っこに描く」こと。

——え!でも、よく見る絵ですよね。

母袋さん:「よく見る絵だから」なの。「みんなが描いているから、自分もそうやって描く」じゃ自己表現じゃないでしょ。第一、なんで紙の隅っこに太陽がなくちゃならないのかを考えてみてよー!

——知らず知らずのうちに「太陽は隅っこに描く」ものだと思い込んでいました……。自己表現だったはずなのに、気づいたら正解探しになっている。

絵を楽しむには、素敵なものをたくさん見ること

母袋さん:あと、「花の絵を描いて」って言っても、こういうかたちを描く人も多いじゃない。

——僕も「今からチューリップの絵を描いて」って言われたら、こう描くかもしれないです。

母袋さん:でも、「葉っぱって本当はどういうかたちしているっけ?」「花びらって本当はどういう重なり方をしているっけ?」とか、よく観察してみるといろいろな気づきが生まれてくるはず。そうすると、対象への解像度が高まって、愛おしさが生まれて、絵にも表情が宿ってくる。

——絵を描くことを通じて、目に映るものへの愛情が湧いてくるんですね。

母袋さん:そう。だから、絵を描くことを楽しみたいと思ったら、よく周りを観察すること。そして自分に取り込むこと。

——頭の中にあるものを表現するだけじゃないのか。

母袋さん:自然に触れたり、美術館に行ってみたり、絵本や画集をパラパラ眺めるだけでもいい。自分の外の世界にある、素敵なものをたくさん見て豊かになる。公園に行こうかくらいの感覚で美術館に行ってもらえたら嬉しいなと思います。

——でも、正直、美術館に行くのはちょっとハードルが高そうな気がしているんですが……。

母袋さん:その気持ちもちょっとわかる。だから、私の個展は、とてもカジュアルな場にしているの。みんな絵の前で写真を撮ったり、久しぶりに会った人と笑い合ったり、話し込んだり。個展らしからぬワイワイした雰囲気(笑)。みんな「知り合いが個展を開いたから、遊びに行こう」って感覚で来てくれるんです。

——そんな場だったら、ちょっと行ってみたいかもしれません……!

母袋さん:そうそう。ちょうど2024年8月に私が運営している「カンガルーアートスクール」の展覧会を長野市内で開催するの。よかったら見に来てほしいわ。

——ぜひ行きたいです!今日はありがとうございました!

———
【お知らせ】
母袋さんが運営するアートスクールの展示会「カンガルーアートスクールのなかまたちのてんらん会」が2024年8月に開催されます。ぜひぜひ足を運んでみてください。

(information)
期間:2024年8月7日(水)ー25日(日)
定休日:毎週月曜
場所:ぱてぃお大門【西洋料理店もりたろう内2Fはっぱカフェ】 長野県長野市大字長野大門町55
TEL026-237-3939

アバター画像

✍️書いた人

小林拓水(こばやし・たくみ)

「toishi」という屋号で活動しているコピーライターです。1990年生まれ。長野と東京を行ったり来たりしながら暮らしています。パンが大好き。