Moshipedia
もしも道を歩いていて猛獣に出くわしたらー。子どものころ、多くの人が一度は妄想したことがあるのではないか。
少年の心を持ち続けている筆者は、いまだにちょくちょく想像する。どうしたら生き残れるだろうか。家族を守れるだろうか。
私は長野市にある茶臼山動物園のライオンの飼育員、山岸亜矢さんのもとを訪ねた。この動物園にある「ライオンの丘」は1枚のガラス越しでライオンに接近することができる。迫力満点の施設だ。
対峙してしまったときのマニュアルはない
–本当に間近で見られるし、金網がないので迫力がすごいですね。
山岸さん:そうなんですよ。向こうに見える山をキリマンジャロに見立ててまして。
–確かに。まるでアフリカの大地にいるかのような。
山岸さん:ライオンは小高いところが好きなので、よく丘の上にいますよ。
–凛としててかっこいいですね…! そういえば、何かのインタビューでここのオスライオンのことを、山岸さんが「国内ダントツのイケメン」と称していて、それもあってここに来たかったってのもあるんですよ。
山岸さん:かっこいいでしょ。「臼三(きゅうぞう)」って言うんですけど、メスの「つむぎ」にもとっても紳士的で。見栄えだけじゃなくて、性格的なところもイケメンだなあと思って。
–山岸さんは、5年前からライオンとトラの担当になったと聞きました。やっぱり猛獣だから、担当する動物としては一番難しいんですか?
山岸さん:そう聞かれることが多いんですが、そうでもないんです。その前はチンパンジーとかオランウータンの担当だったんですけど、類人猿のほうが大変です。怖いですしね。
–ライオンより?
山岸さん:知能が高いので。朝と夕、ケガしていないか体のチェックをするんですけど、そういうときに手を取られる危険があったりします。それと比べると、ライオンもトラも直接触れることはないので、操作さえ間違えなければ絶対安全です。
–そうか、チンパンジーとかと違って、さすがに実際に触れることはないんですね。操作ってどういうことですか?
山岸さん:彼らがいる場所をきちんと確認して、鍵の開け閉めをするといったことですね。これがきちんとできていれば問題ないです。
–ちなみに、対峙してしまった際のマニュアルというものはありますか?
山岸さん:ないですね…(笑)そこはもう絶対にない前提ですので、対峙してしまったら私は死を覚悟しますね。
人間は食べ物ではなく敵
–ここからが一番聞きたかったことなんですけど、もし道を歩いていてライオンに会ってしまったらどうすればいいんですか?
山岸さん:野生のライオンには私も会ったことないのですが、よく聞くのは、やっぱり猫の仲間なので、素早い動きに敏感なんです。だから、逃げてしまうと本能的に追いかけてしまう。まずは、逃げない、目をそらさない。目をそらさずに、ライオンの興味が他に移るまで待つということでしょうか。
–忍耐力が必要ですね。自分の目の前にいたらそんなことできるかな…。
山岸さん:他にも、自分を大きく見せたらいいとか聞いたこともありますけど、私は逆に刺激してしまう気がしますね。一瞬びっくりするかもしれないけど、逆効果かも。自分を守るために攻撃するので。
–高いところに逃げるのもダメっぽいですね。猫の仲間ってことは。
山岸さん:そうそう。あとは、ライオンは水が苦手だってよく言われますけど、泳げないってわけでもありません。
–お腹いっぱいだったりすれば?
山岸さん:空腹ぐあいによって反応は違うかもしれませんが、そもそも人間を食べ物として認識はしないので、お腹が空いていないから襲わないということはないですね。
–そうなんですか! でも、食べ物じゃないなら、襲われなさそうですけど…。
山岸さん:人間も含めて肉食の動物は、敵なんです。彼らにとって食べ物として認識するのは草食動物だけ。例外もありますが、人間は敵として認識されますね。
–そうかー、敵かー。縄張りを荒らすつもりなんてまったくないですけどね…。
強さ=モテるライオン
–茶臼山動物園に来てもらった人に、ここを見てほしいというところはありますか?
山岸さん:せっかくガラス一枚の向こうにライオンがいるという、なかなかない獣舎ができたので(2023年完成)、どんな動物か近くで見てもらいたいですね。オスとメスで顔がこれだけ違うのかとか、体はこんなに大きいんだとか、近くでこそ気づいたり実感することは結構あります。それと、鳴き声を聞いたり、匂いを嗅いだり、いろんな感覚で観察してもらって、ライオンに興味を持ってもらいたいですね。
–強い、怖い、というイメージでしたけど、近くで見ると案外かわいいんだなと思いました。顔を拭くしぐさとか、猫と全然変わらないですね。
山岸さん:そうなんですよ。そうやって好きになってもらうと、この動物たちが保護の対象になっているかどうかとか、野生の個体が少なくなってるかどうかとか、興味を持ってもらえると思うので。そういうことも動物園の役割だと思っています。
–ずっと見ていたら、臼三がイケメンってのもじわじわわかってきました。
山岸さん:人間から見て顔が整っているってだけじゃなくて、臼三みたいにタテガミが立派だったり、黒かったりすると、メスのライオンにもモテるみたいです。
–ライオンにも美意識があるんですかね。
山岸さん:いや、これは健康状態に左右される部分なので。健康なほうが、強いオスと認識されるようですね。
–そっか。強さイコールモテるってことか。お時間が来てしまったのでインタビューはこれにて終了ですが、私はもうちょっとライオンを見ていきます。ありがとうございました!
――
長野県長野市篠ノ井有旅570-1
✍️書いた人
安斎 高志(あんざい・たかし)
コピーライター、編集者、映像ディレクター。合同会社案在企画室CEO(ちょっとイイこというおじさん)。二児の父。もしもに関する想像力のたくましさは極めつけの折り紙つき、かつ保証つきの太鼓判つき。