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👴[短編小説]もしもが気になる田所さん『墓場で困る田所さん③』

✍️ 宮前じゃばら

もしも度:👴👴👴👴

ばあちゃん幽霊こと、故・大澤明美(享年88歳)がタロさんと出会ったのは、もう40年近く前のこと。一人息子も就職して家を出て行き、何か趣味でも見つけるかと思い立ち、地域の水彩画教室に通いはじめた。そこに、明美が入会してしばらくしてから入ってきたのが、タロさんだった。

山田太郎、という、誰しも名前の記入例で目にしたことがあるザ・ニッポン人の名前が本名のその人は、大阪生まれで気さくな性格、顔立ちもなかなかにイケメン(明美談)で、みんなからはすぐに“タロさん”と呼ばれて親しまれていた。

絵画教室と言っても地域のサークルのようなもので、集まった時間にみんなお喋りをしながらそれぞれ好きなものを描き、講師が少しコメントをする、という場だったが、学生時代にも絵を描いていたというタロさんは、教室の中でダントツにセンスが良かった。多分、講師よりもタロさんの方がうまかったと思う、と、明美は自慢げに語る。

同い年で気が合った明美とタロさんは、次第に仲良くなり、絵画教室の帰りに近くの喫茶店で2人でコーヒーを一杯飲んでから帰る仲となった。月2回の水曜日、明美は絵画教室よりも、タロさんと喫茶店に行くことが楽しみになっていた。

奥さんと別居中のタロさんは、一人で暮らしながら、庭の畑で様々な野菜を育てていて、一度だけ明美がお家に遊びに行ったときに、収穫時だった九条ネギをごっそりもらったので、タロさんといえば九条ネギ、というイメージになったらしい。

家に遊びに行って九条ネギをもらった日以来、タロさんは姿を見せなくなり、いつの間にか絵画教室を辞めていた。両親の介護のため実家の大阪の方に引っ越した、と仲間から伝え聞いたが、寝耳に水の明美は、突然会えなくなってしまったことにショックを受け、夜も眠れない日々が続く…こともなく、ご飯も喉を通って三食しっかり食べたが、タロさんのことは頭から離れなかったという。絵画教室の名簿から住所を調べ、何通か手紙のやりとりをしたが、その返事もいつからか返ってこなくなったそうだ。

「もう随分前のことなのに、なんでこんなに覚えてるんだろうねえ……」

ばあちゃん幽霊(明美)は、車の助手席でタロさんについて語りながら、恥ずかしそうに身をよじらせてる。照れてジタバタするので、透けた身体は何度も車体からはみ出していた。

「ばあちゃん、高速で身体の出し入れすんのやめて」

田所恵は、たまにはみ出すばあちゃん幽霊を助手席に乗せ、大阪方面へと車を走らせていた。

なんと、タロさんの消息をつきとめることができたのだ。

タロさんから受け取った手紙の住所をネットで調べてみると、古本屋の住所と一致して、店に電話をかけてみるとタロさんの娘さんらしき人に繋がり、山田太郎氏が介護付きの老人ホームに入っていることを教えてくれた。

「ばあちゃんはさ、じいちゃんと別れてタロさんと結婚しようとか思わなかったの」

田所恵は、運転しながら素朴な疑問を投げかけてみた。やり取りしていた文通をチラッと見せてもらったが、2人はそれなりに愛を交わし合っていた様子だったのだ。愛しの明美さんへ、愛しの太郎さんへ、とか書いちゃったりして。

ばあちゃんは、「それなーーー」ぶはーっとため息をつき、頭を抱えて、うにょーんと身体を前屈しフロントガラスを突っ切った。

「車から出るのまじでやめろって」

田所恵はワイパーを動かしながらばあちゃん幽霊を車内に戻そうとするが、スケスケの身体にワイパーが往復するのも気にせず、ばあちゃん幽霊はボンネットにしなだれるように腰掛け、フロントガラスから顔を突っ込んで田所恵をじとっと見つめて言った。

「タロさんとは結婚とかでもなくてさ。じいちゃんのことも好きだったしさ。ほら、好きにも、色々あるやん?」

なんか腹立ったので無言でワイパーを最速にした。

“もしも、墓場でばったり出会った幽霊に、孫と勘違いされて家に居座られ、成仏の手伝いをするため、昔幽霊が好意を寄せていたお爺さんが暮らす老人ホームに一緒に尋ねていく道中、恋愛モードではしゃぐ幽霊にボンネットの上でふざけられたとしたら” 

こんな感情になるんだなあ。田所恵は目を細める。車から振り落としてやろうにも幽霊なので成す術なく、真顔で運転を続けた。

教えてもらった老人ホームは、大阪の都市部からは外れた静かな場所で、大きな公園の横にある立派な建物だった。

ばあちゃん幽霊の姿は、なぜだか今のところ田所恵にしか見えないようである。ばあちゃん幽霊と一緒に老人ホームに入っても、人の視線は田所恵の方にしか向かなかった。

「山田太郎さんの知り合いなんですが」

受付で告げると、娘さんが事前に電話で伝えてくれたようで、ああ、山田さんとこね、と部屋まで案内してくれた。

介護士なのか、笑顔の素敵な男性は、「タロさんのところ遊びに来る方って、皆さんほんま素敵な女性ばっかですね~」と、関西人の社交辞令なのかサラッと言い放ち、案の定ばあちゃん幽霊はその言葉に目をぎらつかせている。明美、嫉妬すんな。

「山田さーん、昔のお友達のお孫さんが来てくれてんて。娘さんから連絡もらって」

扉を開けると、車椅子に座った白髪の男性が、テレビを観ていた。

隣のばあちゃん幽霊からは、幽霊なのに、ゴクリ、と生唾を飲んだ音が聴こえた。

(今回で完結と思いきや、引き続き、次こそ完結! どうなるばあちゃん幽霊!?)

イラスト うちやまはるな

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✍️書いた人

宮前じゃばら

作家・脚本家。長野県松本市在住。ザラザラしたものをつるつるに磨くことと、火焔型土器を眺めるのが好き。