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🍼[短編小説]もしもが気になる田所さん『田所さんとクッション』

✍️ 宮前じゃばら

もしも度:🍼🍼

よく晴れた日曜日。田所恵は、某ショッピングセンターを訪れた。

ウインドウショッピングのつもりで館内をぷらぷらと歩く。
日曜だからか、子どもを連れた家族の姿が目立った。
すれ違うベビーカーの赤子たちと目が合う。屈託のない笑み。周りを気にせず大声で泣く声。

「いいなあ。」

つい、心の声が口から洩れた。

赤子って、なんていい身分なんだろう。
あんな風に全力で甘えてみたい。わたしだってベビーカーに乗りたい。

「もしも大人用のベビーカーがあったら……。」田所恵は考えた。

眠りながら移動しても、誰にも咎められない。でっぷりと座って、ピルクルを飲みながら、かっぱえびせんをしゃぶって口の中で湿らせ、過ぎ行く景色を眺める。好奇な眼差しが気になるならば、日よけカバーで遮ればいい。両手はピルクルとかっぱえびせんで塞がっているから、足の指でつまんでカバーを開け閉めする。お行儀が悪いと咎められる筋合いはない。鎮座しているこの城は、ベビーカーなのだから! 甘えた姿勢でこの世界に漂うことができる最高の城、ベビーカー……。

考えているうちに、だんだんベビーカーが欲しくなってきた。しかし、通常のベビーカーはさすがに身体を収めるのに無理があるか。いや……? どうにかねじ込めばいけるかもしれないぞ……? 
その昔、定期的に鞄に入る、エスパー伊東という人がいたぐらいだし……。てはじめに、風呂上がりにストレッチでもするか……。

ベビーカーにどうやって身をおさめるかあれこれ思案していた田所恵は、ひとつ、重要なことに気づいてしまった。

「ベビーカー、押してくれる人がいねえや……」

しょんぼりと、再びショッピングセンターを回遊する。

一度沸いた甘えたい欲求が行き場を求めていたせいか、吸い寄せられるようにたどり着いたのは、今、流行りのクッションコーナーだった。

“人をだめにするクッション” 

というキャッチコピーのそれは、数年前から流行している大型のビーズクッションで、一度腰かけると吸い込まれるような居心地の良さに、二度と立てなくなることからその名前がついている。


「人を、だめにする……」

クッションの前に立ち、独り言ちる田所恵。
そこへ、男女のカップルがやってきて、一目散にクッションに近寄ってきた。

「あー、これ、だめになるやつだ~!」
「これ以上だめになったら終わりだね~」

と言いながら、男女は、ザブン、と同時にクッションに沈んだ。

“だめ”とはなんだろう。田所恵は考える。

「やっぱだめになるね~」
「動けないもんね~」

男女は、“だめ”になるのが嬉しそうだった。

クッションから動けなくなることが”だめ”なのか。
つまり、動けば動くほど“よい”ことで、動かないほど“だめ”ということか。
動かない、の極みは、”死”だ。

クッションに寝転がるカップルは、その様子をつぶさに見つめる田所恵の視線をよそに、
2人そろってまどろみ始めた。

うっすら笑みをうかべ、クッションに吸い込まれそうな男女。
まるで、天にも召されそうな面持ちである。

田所恵は、食虫植物を思い出した。
匂いにつられておびきよせられた虫は、植物の罠にかかり、捕獲され、植物の一部となり消化される。そうして、自然は循環していくのだ。

目の前の男女は、ずぶずぶとクッションに沈んでいくように見えた。

快楽に身をゆだねているうちに二人の身体はどんどん溶け、気づけばクッションの一部となる。
クッションには、これまで溶けた人間たちの屍が染み込んでいる。
気づけば男女の姿は忽然と消え、クッションは、次の捕食対象を待っている。したたかに、人間を誘惑しながら……。

「そうはさせるか!」

思わず、寝転がる男女の腕を引っ張った。

田所恵を真ん中に、三人で手を繋いだ格好になってしまった。
そうはさせるか、ってなんて台詞っぽい発言しちゃったんだろう。田所恵は赤面する。

「あ、すみません長居しちゃって……」
「もういいよ、行こう……」

怯えながら不審な女の手をふりほどいた男女は、その場から足早に立ち去った。

男女の姿が見えなくなるのを確認した田所恵は、
人の形がまだ残る二つのビーズクッションをじっと見つめた。

しばらく逡巡した挙句、女性が寝転がっていたクッションの方に、
おそるおそる座ってみる。

「すぐに引き返す意志を持って挑めば大丈夫。わたしは、食われない。」

そう、少し味わって戻ればいいのだから。
クッションはなめらかで、身体とクッションの境界が分からないほどにフィットした。
寝転がって見上げた天井のライトが眩しく、目をつむる。

「ああ、赤ちゃんになりてえ……」

記憶があるのはそこまでで、いつの間にか田所恵は眠ってしまった。

夢の中で、かっぱえびせんをしゃぶっていた。

イラスト うちやまはるな

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✍️書いた人

宮前じゃばら

作家・脚本家。長野県松本市在住。ザラザラしたものをつるつるに磨くことと、火焔型土器を眺めるのが好き。