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もしも他人をととのえたくなったら ~マジシャン熱波師やぎさんの挑戦

✍️ 安斎 高志

熱波師という職業をご存じだろうか。サウナストーンにアロマ水などをかけ、立ち上った蒸気をタオルなどであおいで利用者に熱風を送る。その熱波を受けると、より深く「ととのう」らしい。熱波はアウフグースとも呼ばれる。

しかし、聞けばサウナ人口の多い首都圏などと違って、地方のニーズは限られる。ましてや暑いサウナ内で激しい動きをするため体力的にも大変らしい。だのになぜ、人は熱波を送るという道を選ぶのか。私は、マジシャン熱波師として長野県を中心に活躍する「やぎさん」に話を聞きに行った。

ちなみに、マジックと熱波は別々にやるとのこと。暑さでそれどころではないらしい。そりゃそうか。

熱波はサウナに慣れてから

–まずは熱波を受けてみようかと思って来ました。

やぎさん:サウナ、お好きなんですか?

–いや、水風呂でヒャっとなるので苦手なんです…。

やぎさん:あー…、まずはサウナに慣れないと熱波は嫌になっちゃうと思いますよ。本当に熱いですから。

–そういうものなんですね…。やぎさんは昔からサウナが好きだったんですか?

やぎさん:そこまで昔ではないんです。6、7年前に読んだ「サ道」という漫画がきっかけで。「人生を損している」とか「世界が変わる」とか書いてあって、試しに行ってみたら本当に漫画どおりの体験をして。

–どんな体験だったんですか?

やぎさん:水風呂があたたかく感じるとか、外気が気持ちいいとか、衝撃を受けまして。

–ととのったんですね?

やぎさん:それまで浴室に10分も入っていないような人間だったのに、それ以降はサウナ含めて3時間も入っていたこともありました。

–で、通い詰めているうちに熱波に出会うわけですね?

やぎさん:はい。たまたま小さな温浴施設で熱波イベントをやっていて、それが初体験だったんですけど、もう放心状態になっちゃいまして。それをきっかけに山梨とか静岡とか、名古屋なんかにも遠征するようになったんです。

–しかし、いくら好きでも、「ととのえる」側に回ろうと思う人はなかなかいないですよね。

やぎさん:かもしれませんね。

–きっかけはなんだったんですか。

やぎさん:キャンプ場をやっている友人がDIYでサウナをつくるという話になって、本当は手伝いたかったんだけど、忙しくてなかなか役に立てなかったんです。で、オープン祝いに何かやろうと思って、「そうだ熱波をやってあげよう!」と練習し始めました。

–どうやって技を学んだんですか?

やぎさん:最初はYouTubeです。そのころ流行りだしていたアクロバチックなタオルさばきを練習して。その後は、奈良や金沢の温浴施設で実践練習や実技講習などをさせてもらいました。

–講習があるんですね。

やぎさん:はい。でも、実践できる機会が全然なくて、知り合いを通してワンチャンやらせてもらえないかと、奈良の温浴施設にとりあえず行ってみました。

–とりあえず行ってみたってことはノーギャラですか?

やぎさん:もちろんノーギャラですよ、勝手に行ったんですから(笑)。でも、そんな自分に支配人が「せっかく長野から来たんならやってください」と言ってくれたんです。

–心意気ってやつですね。で、そこから熱波師の仕事が始まっていくわけですね。

やぎさん:いや、そんな簡単じゃなかったんですよね…。

休日が足りなくなったから勤めを辞めた

–簡単ではなかった?

やぎさん:熱波=アウフグースって、サウナストーンに水をかけるところから始まるんですけど、地元の長野県には水をかけてもいいところがなくて。

–どういうことですか?

やぎさん:そもそもサウナストーンが飾りだったり、霧をかける程度しかできなかったりで、「やらせてほしい」と言っても、すべて断られました。

–意外とハードルが高かったんですね。

やぎさん:で、色々と調べていたら、持ち運び可能な「モバイルロウリュ」ってのがあって。これなら持ち込めばサウナ内で水をかけて蒸気を出せるのでアウフグースができるぞ、と。でも、それが当時、22万円したんです。

–その時点では、まだ熱波師は仕事になってなかったんですよね?

やぎさん:はい。趣味ですね。趣味に22万円はかけられないなあ…、と思いました。

–ちなみに、そのころはどんなお仕事をしていたんですか?

やぎさん:郵便局員です。

–郵便局員…! 固いお仕事をされていたんですね。でも、最終的には辞めて熱波師になるわけですよね? どうして心境が変わったんですか?

やぎさん:そのころ近しい人が立て続けに若くして亡くなりまして。それまで、定年後に熱波師や手品師の活動を本格化しようと思っていたんですけど、人間いつ死ぬかわからないって思ったら、定年を待ってる場合じゃない、今やるべきだと。

–なるほど。

やぎさん:それまでもずっと休日はマジシャンをしていたんです。イベントとか福祉施設、保育園なんかで。そこに熱波師が加わると、趣味のための「休日」が足りなくなってしまうので(笑)。

–確かに、足りないですね(笑)。

やぎさん:それと、ちょうどそのタイミングで子どもが中学生になって。中学くらいになると将来のことを考え始めるじゃないですか。で、「お前は好きなことをやって生きていけ」って言ったんですけど、そう言っておいて自分が好きじゃないことを我慢してやっているのは違うんじゃないかと思えてきて。

–それで郵便局を辞めるわけですね。

やぎさん:好きなことを仕事にして生活できるかどうかわからないけど、今やらないともう踏み出せないと思ったので、やることにしました。

「幸せそうな顔」を見るために

–職業としての熱波師の活動が始まったのはいつですか?

やぎさん:2022年4月です。まだまだコロナ禍が尾を引いていて大変でしたけど、伊那市にある「大芝の湯」に行って社長に話をしたら熱意を買ってくれて。どんな苦情が来るかわからないけど、やってみるかって。

–苦情って来るんですか?

やぎさん:そりゃ、来ますよ。好きな人もいれば、嫌いな人もいますし、「こっちはお金払ってサウナを使ってるのに、あんたが貸し切るってどういうことだ」って怒る人もいます。それは仕方ない。

–そっか。そういうものなんですね。

やぎさん:でも、そんななかで、大芝の湯が熱波を採用してくれたから実戦を積めたし、お客さんの声も聞けたし、本当にありがたかったです。

–そこまでするモチベーションはどこから来るんですか?

やぎさん:いやー、幸せそうな顔してるんですよ。みんなが一斉に水風呂入って。あれを見ちゃうとね。「最高でした!」なんて言ってくれて。

–ととのったことがない身からするとうらやましいです。

やぎさん:もともと楽しい時間と空間をつくるのが好きなんでしょうね。マジシャンとして活動しているときからそうでした。とはいえ、これからですよ。施設によっては投げ銭制にしてみたり、チケット制にしてみたり、まだまだ仕事の数も収入も増やしていかないと。

–サウナに慣れたらぜひ体験してみたいです! 今日はありがとうございました!

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マジシャン熱波師やぎさん

大芝の湯(伊那市)、うるおい館(長野市)、湯ったり苑(長野市)、新岐阜サウナ(岐阜県)などで定期的に熱波=アウフグース実施中。スケジュール等は以下のSNSより。

X(Twitter) @yagisan_amazing

Instagram @yagisan.amazing

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✍️書いた人

安斎 高志(あんざい・たかし)

コピーライター、編集者、映像ディレクター。合同会社案在企画室CEO(ちょっとイイこというおじさん)。二児の父。もしもに関する想像力のたくましさは極めつけの折り紙つき、かつ保証つきの太鼓判つき。