Moshipedia
日本国内のワイナリーが増えているという。2020年の369場から2022年には468場、実に直近2年で26%も増加している。
自分のワインをつくるー。あこがれの響きではあるが、簡単なことではないだろう。ワインづくりは、半分は農業、半分が製造業と聞く。どっちかだけでもしんどいのに、両方とは…。人はなぜワインをつくるのか。
私は、長野県長野市でヴィンヤードを営み、2024年6月にワイナリーが着工予定の株式会社ぶどうやぶの代表取締役・松本大輝さんのもとを訪ねた。
※ヴィンヤード:ワイン用ぶどうを栽培する農園
一時帰国で惚れ込んで4ヶ月後には事業スタート
–すてきな場所ですね。ただ、手前の山林を抜けるまで、ここにぶどう畑があるとは想像できなかったです。
松本さん:結構、うっそうとしたところをかなり上がってきますもんね。でも、登りきるとパーっと開けるこの土地が気に入って、ここを借りることに決めました。元々は牧草地で、整地する必要もありませんでしたし。
–ぶどうを栽培できる場所は、いろいろと探したんですか?
松本さん:実は全然…。ここは妻の実家の近くなんですけど、もう一目惚れみたいな感じでしたね。ここを見せてもらったときはまだニュージーランドに住んでいて、嵐のコンサートを見るための一時帰国だったんです。
–嵐ってアイドルグループの?
松本さん:そう(笑)。近いうちにワインの事業をやろうとは思っていたものの、まだそこまで具体的ではなくて。
–でも、ここに惚れ込む気持ちもわかります。秘密基地みたいな立地なのに、開放的ですもんね。
松本さん:ですよね。2020年1月にこの場所を見つけて、その年の4月にはぶどうの苗を植え始めました。2年かけて11種、約6,000本を植えたんですけど、2022年には品種によってぼちぼち収穫ができるようになって、その年から委託醸造でワインをつくるようになりました。
–委託醸造という方法があると最近知りました。ざっくり言うと、ワイナリーさんに原料を託して醸造方法を指定して、完成させてもらうってことですよね。一時帰国で土地を見てから2年で醸造が始まるって、素人目に見てもすごいスピードに感じるんですけど…。
松本さん:そうですね。1〜2年かけて土地を探しながら計画を立てて、という人が多い気もします。それが土地を見てから4ヶ月で苗を植え始めてしまいましたからね。ニュージーランドで就労ビザも取れていたんですけど。
–フットワークがすごい。
松本さん:とはいえ、かなりの覚悟が必要ですよ。ぶどうを植えるってことは、もう後戻りできないので。常に後ろから崖が迫ってくる気持ちで前に進んでいます。
–ワインぶどうづくりの大変なところってどんなところですか?
松本さん:これは農業全般だと思うんですけど、気候に左右されるところですね。天気ばかりはどうにもならない。だから、その年その年の天気を個性として捉えるようにしています。「今年は雨の日が多かったから軽めの味だ」とか、「日照時間が長かったから糖度とアルコールが高めだ」とか。
–本当はこんなワインがつくりたかったのに、みたいなことはないんですか?
松本さん:私は子どもを無理やり塾に行かせるようなことをしたくはないんですけど、その気持ちに似ています。その子の長所を伸ばしてあげたい。畑のことをきちんと理解して、良さを引き出したい。「こんなワインがつくりたい」という思いはあまりないですね。ワインは個人個人で好みもありますし。
–確かにその気持ちがあれば、天気に一喜一憂しすぎずに済みそうですね。
チャンスはあと35回?
–先ほどニュージーランドの話が出ましたが、現地でワインの勉強をしていたと聞きました。
松本さん:ニュージーランドのリンカーン大学というところでワインぶどうの栽培と醸造について学びました。向こうは、外国の大学でも学位を持っていると1年で卒業できるコースもあって、私と妻は編入という扱いで1年間で卒業できました。ちゃんと大学構内にぶどう畑もあるし、醸造もできたんです。どちらも実地で学べたのは大きかったですね。
–元々、ワインのことを学びにニュージーランドへ?
松本さん:いえ、そこまで計画的ではなかったです(笑)。私は理学療法士として松本市の病院に勤めていたんですけど、看護師だった妻と結婚したあと退職して、退職金を握りしめてニュージーランドに渡りました。その時は「海外で暮らしてみたい」という思いだけでしたね。
–そこでワインと出会うんですか?
松本さん:日本にいるころから好きだったんですけど、現地ではワインがとても身近な存在で、もっと好きになりました。オーストラリアも含めて海外で4年間暮らしたんですけど、いつか日本に戻ったら事業をやりたいという気持ちもあったので、じゃあ好きなことをやろうと。
–オーストラリアにもいらっしゃったんですね。
松本さん:ニュージーランドではツアーガイドとして働いたりしていましたが、オーストラリアでは農園で働けて、それは今にとても生きています。大きな畑で農業の1年のサイクルを学べたので。
–そうか、農業って大体は1年サイクルですもんね。
松本さん:そうなんですよ。だから今35歳の私が70歳までワインづくりをやるとしたら、あと35回しかチャンスがないんです。だから、栽培も醸造もなあなあにはできないんですよね。
自然は恐怖でもあるけど癒しでもある
–ワイナリーはいつ完成するんですか?
松本さん:9月の中頃の予定です。10月頭には醸造を開始する予定です。
–またすごいスピード感。楽しみですね。
松本さん:畑を始めた時点で引き返せなかったんですけど、さらに引き返せないという気持ちが強くなっています(笑)。でも残り35回と考えると、1年1年を大事にしていかないと。
–この仕事のおもしろさってどんなところですか?
松本さん:自然の中で仕事ができるところですね。自然は恐怖でもあるけど、癒しでもある。鳥の声を聞きながら農作業をしていると、本当に気持ちがいいですよ。そして年に1回だからこそ、収穫のタイミングは本当にうれしい。春からずっと心配しながら過ごすわけですから。
–そして、いよいよ醸造が始まりますね。
松本さん:自分のワインは格別なんだろうなと思いながらも、瓶に収まるまでは心配が続くんだろうなと、今から緊張感しています。苦しいことはいっぱいあるんですけど、好きだから続けられるんでしょうね。
–ワイナリーでは小売もやるんですか?
松本さん:売ることは経験豊富な人たちに任せたほうが安心なので、小売スペースは用意せず自分たちは生産に専念します。とはいえ、うちのワインを知ってもらう機会は増やさなければいけないので、イベントなどにはできるだけ参加しようと思っています。今度、長野市のテラス・グランツさんのイベントに参加するので、ぜひいらしてください
–松本さんのワイン、ぜひ飲んでみたいです!今日はありがとうございました!
ーーー
ぶどうやぶInstagram https://www.instagram.com/budoyabu/
ぶどうやぶ公式通販ショップ https://budoyabu.official.ec/
✍️書いた人
安斎 高志(あんざい・たかし)
コピーライター、編集者、映像ディレクター。合同会社案在企画室CEO(ちょっとイイこというおじさん)。二児の父。もしもに関する想像力のたくましさは極めつけの折り紙つき、かつ保証つきの太鼓判つき。