SHARE

  • Twitterのリンク
  • facebookのリンク

Moshipedia

🚙[短編小説]もしもが気になる田所さん『車で困る田所さん』

✍️ 宮前じゃばら

もしも度:🚙🚙

ブウン……ブウン……


なんどかけてもエンジン音は空回りする。

「やっちまった」

早朝、人通りのない田んぼを抜ける坂道で、田所恵は立ち往生していた。
車が雪にはまって滑ってしまい、坂道を上れない。
あと数メートルほどで、除雪された大通りに出られるのに。

ブウン……

車はむなしく音を鳴らすばかりだ。


朝早く目が覚めてしまった田所恵は、車で20分ほど走ったところにある、24時間スーパーに向かっていた。どうしても干し芋が食べたくなったのだ。

もしも昨日、あのドラマを観なければ……田所恵は後悔した。
昨夜ネット配信で一気見したドラマ「芋刑事」は、干し芋が好きな新米刑事が主人公。
殺人事件を解決するたびに、毎度言う決め台詞がある。

「簡単に噛めちまったら、面白くないんですよ」

干し芋をぶちっと噛み千切りながら言うその台詞を、どうしても真似したくなったのだ。朝から。

ブウン、ブウン……

車は動かないし、人も通らない。
もしもこのまま、誰も通らなかったらどうしよう。
田所恵は、考えた。

大通りまではあと一歩、しかし民家からは随分離れているし、店も近くにない。
餓死&凍死を避けるためには、とにかく、助けを呼ばなくてはいけない。
スマホも家に置いてきてしまったし、クラクションを鳴らしても聞こえないかもしれないし……

ここからできるSOSとしては……狼煙……?
鞄にタバコとライターは入っている。
でも、ただ狼煙を上げてもなんの助けか分からなければ意味がない。
恋人が誕生日にサプライズするみたいに、煙で文字とか書いたりできるのかな……。
それができるのなら、「ほ・し・い・も」と狼煙を上げたい。
誰かが干し芋を持ってきてくれるかもしれないから。でも狼煙って一体どうやってあげるんだ? 
よし、こんなときは、「狼煙 上げ方 干し芋」で検索しよう。と、スマホを探そうとして気づく。

ああ、スマホを忘れていたのだった。

にっちもさっちもいかない田所恵。

一旦外に出て、どうにか車を押し上げられないか試してみたが、車は全く動かなかった。

ふと、学生時代のある場面を思い出した。
夏休み、そんなに仲のよくない友人たちとドライブした時のことである。
富山の山奥で、側溝にはまり、車を押し上げた記憶。
そのときは確か、3人くらいで車を押して、運転席に一人いてアクセルを踏んで、助かったのだ。
しかし今は田所恵オンリーワン。車を押すには人が足りない。
そんなに仲良くない友人たちと食べた蕎麦がまずかったこともついでに思い出して、余計に腹が立ってきた。

ちくしょう。もしも、わたしがアンパンマンだったら。

顔をちぎって、プラナリア方式で身体を蘇生させて二人に分裂し、一人が運転席に、一人が車を押す係としてに手分けするのに。

「そーんなのーはいーやだ♪」

ふいに思い出したアンパンマンの歌を部分的に口ずさんでみた。
そんなのは嫌って、何が嫌なんだっけ。その前の歌詞が分からずモヤっとする。よし、ググろう。

ああ、スマホを忘れていたのだった。

アンパンマンだったらいいなと思ったが、アンパンマンの場合は、顔をちぎったところで、
旧顔のみ+新顔の1アンパンマンしかできあがらないのか。
そうすると、車を押すのと運転席と、旧顔のみが担当するのはどちらがいいのだろう……。
顔だけでできるのは、どっち……?

旧顔のみの可能性を考えながら、田所恵は手を使わず頭の力で車を押してみる。
ぐぬぬぬぬ、と車のバックドアを頭の力のみで突き上げようと奮闘する田所恵の顔は真っ赤になった。はは、こんな修行ありそうだな。ちょっと楽しくなった田所恵は「車 頭突き 修行」で検索しようとする。

ああ、スマホを忘れていたのだった。

背後から足音がした。
誰かが犬の散歩をしながらこちらへ向かっている。

ようやく人が来た……!助けてもらおう。

ゆっくり近づいてくるその人を待つと、
歩くのがギリギリ、といった感じのお爺さんだった。
犬も、お爺さんにめちゃくちゃ気を遣いながら歩調を合わせている。


ざく……ざく……


ギリギリで歩くお爺さんと犬。目が合った。

もしも、このお爺さんに助けをお願いしたとしたら。田所恵は一旦想像する。

「困ってるんです、助けていただけませんか」

悲痛な田所恵の訴えに、正義感の強いお爺さんが「ひと肌……脱ぐかの……」と言って、
ワン! 心配する犬の静止をふりはらい、車を押し上げようと渾身の力を込める。
その瞬間、お爺さんの腰は砕け散った。犬は駆け寄り、恨みに満ちた目でこちらを睨む。
わたしはそこで、本格的にのろしをあげる必要に迫られるのだ。

だからこんなときこそ「のろし 上げ方」スマホは持ってない。

ざく……ざく……

お爺さんと犬は、通りすぎていった。

寒いので一旦車の中に戻った田所恵は、どうしたもんか、と、ぼんやりとする。
赤い表示ランプが光っている。

あ、フットブレーキかかってたわ。

ぶうん

車は発車し、田所恵は、大通りを歩くお爺さんと犬を追い越していった。

「簡単に噛めちまったら、面白くないんですよ」

やっぱり干し芋を買いに行こう。

イラスト うちやまはるな

アバター画像

✍️書いた人

宮前じゃばら

作家・脚本家。長野県松本市在住。ザラザラしたものをつるつるに磨くことと、火焔型土器を眺めるのが好き。