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もしも湯を極めたくなったら

✍️ 小林 拓水

もしも度:♨♨♨♨♨

温泉が好きだ。

特に僕の地元・長野県は、温泉大国。日帰り温泉施設(公衆浴場)の数は日本一を誇る(令和2年度温泉利用状況|環境省より)。

ただ、これだけ恵まれた環境で生きてきたのに、温泉を楽しみきれていない気がしているのも事実。きっと、温泉はもっと奥が深いはず、そしてもっといい入り方があるはず。

そんな予感に突き動かされて、話を聞いたのは、いくつもの温泉関連の資格を保有する新堂 徒夢さん。東京大学大学院を修了後、入浴剤の研究員をするなど折り紙付きの温泉マニアだ。

話し手:新堂 徒夢さん
東京大学大学院を修了後、大手消費財メーカーにて勤務。入浴剤の研究員を経て、現在は消費者調査としてニューロマーケティングを担当。温泉マニア。資格として温泉ソムリエ、温泉観光管理診断士等の資格を保有。これまで温泉の総入湯数は1500を超える。モットーは一湯一会。

まずは泉質を知るところから

ーー温泉をもっと知りたいんです。

新堂さん:
「温泉」と一口に言っても種類はいろいろ。温度が25℃以上だったり、温泉法で指定された19の成分のうち1つでも含まれていたりしたら、もう「温泉」って言えるんです。

ーー意外と範疇が広そう……。なんだか地中から湧き出ているあったかい水は、だいたい温泉になりそうな気がしちゃうんですけど。

新堂さん:
その通りですね。たしかに温泉はいたるところで湧いています。ただ、その中でも過去に経験的に効果がありそうだと認められてきた温泉が「療養泉」と呼ばれ、泉質名がつく温泉になるんです。一般的にみなさんがイメージする「温泉」は、ほとんど「療養泉」のことだと想像します。

ーーたしかに温泉といえば「健康にいい!」といったイメージがありますもんね。

新堂さん:
はい。療養泉になると「適応症」が認められ、効果があると言えます。泉質は全部で10種類(2023年11月現在)。この10個の泉質を覚えておけば、だいたい「この温泉はどんな効能があるんだろう」と想像がつくようになります。たとえば、好きな温泉はありますか?

ーー10種類!意外と少ないんですね。僕は地元・長野県の「裾花峡温泉 うるおい館」によく行きます。

▲筆者が通う長野市内の温泉施設「裾花峡温泉 うるおい館」

新堂さん:
こちらの温泉を例に説明しましょう。ホームページによると、こちらの泉質はナトリウム-塩化物温泉、いわゆる「塩化物泉」と呼ばれる泉質ですね。

ーーこれはどんな泉質なんですか?

新堂さん:
その名の通り塩分を多く含む温泉。保温効果が高くて「熱の湯」とも言われることもあるくらい、身体がぽかぽかした状態が続くのが特徴です。湯冷めしにくいから、浴後2時間ほど深部体温が高まるという研究結果もあるほど。

ーーお風呂から上がった後、2時間も!

新堂さん:
だから、冬の時期、寒さが厳しくなる長野県にはピッタリな泉質なんじゃないですかね。

ーーたしかにせっかく温泉に入ったのに駐車場で身体が冷えてしまったらもったいないですもんね。

新堂さん:
海沿いだと塩分を多く含む海水の影響で塩化物泉が湧き出ているケースは多いんですけど、山に囲まれた長野県でここまで濃い塩化物泉が湧き出ているのは珍しいですよ。

長野の街中にレアな温泉があった……?

ーーあと、「裾花峡温泉 うるおい館」のホームページには、泉質の横に(中性 等帳性 高温泉)って文字が書かれているんですが。

新堂さん:
これ見てちょっと興奮しちゃいました。「かなりレアな温泉じゃないか!」と。

ーーと、いいますと?

新堂さん:
まず「中性」は、その名の通り酸性でもアルカリ性でもない「中性」の温泉ということ。酸性の温泉は刺激が強い分、殺菌効果が高い。アルカリ性は美人の湯とも言われ、皮膚の角質を落としてクレンジングのような効果がある。中性は、その中間なので、低刺激で入浴しやすいというイメージですね。ただ、中性の温泉自体は、マイナーではありません。

ーーだとすると、「等張性」「高温泉」がレア……?

新堂さん:
はい。「等張性」というのは、温泉の濃度が人間の体液と同じくらいということ。この温泉って日本では珍しいんですよ。ちなみに「高張性」だと人間の体液よりも高い濃度、「低張性」だと人間の体液よりも低い濃度の温泉ということになります。

ーーなんだか温泉成分が濃い「高張性」の温泉の方が、効果がありそうな気もしますが。

新堂さん:
たしかにガツンと効果は得られるかもしれないんですが、身体への負荷がかかったり、湯あたりもしやすいんです。「等張性」は温泉成分がしっかり含まれているのに、身体の体液と同じくらいの濃度なので身体に負荷をかけすぎずに入りやすく、普段使いしやすい温泉なんですよ。

ーーそうしたら、最後の「高温泉」は?

新堂さん:
これは「源泉の温度が高く、熱い」ということを示しています。

ーーそれって珍しいんですか?

新堂さん:
温度が高いということはそれほど珍しいわけではありません。ただ、都心や市内地などの多くの塩化物泉は、人工的にボーリングして地中深くから温泉を汲み上げていて、源泉温度が低いことが多いんです。だけど、「うるおい館」の場所を調べたら長野駅のすぐ近くにあるじゃないですか。こんな街中にも関わらず、源泉の温度が高いということは、人工的に頑張って汲み上げたというより自然に湧き出ている温泉を活かしているのかも、という想像がつきます。なので、「どんな温泉なんだろう」と入浴前に興奮しちゃったんです(笑)。

ーーなるほど。

新堂さん:
しかも、水で薄めたり、加温をしたりしていない「源泉掛け流し」。手を加えず、湧き出る源泉をそのまま楽しめる贅沢な温泉ですよ。街中にこんな温泉があるのは羨ましいです。

サウナよりもととのう?温泉の入り方のススメ

ーー好きな温泉にお墨付きをもらえて嬉しいです。ちなみに、温泉の入り方でおすすめはありますか?

新堂さん:
温冷交互浴、一択ですね。

ーー一択!たしかに今サウナも流行っていますし、「温かい」「冷たい」を繰り返すのは効果ありそうですね。

新堂さん:
個人的には、温泉での温冷交互浴のととのい方は、サウナの比ではないと思っています。

ーーなんと!

新堂さん:
サウナって空気で身体を温めるじゃないですか。その分、身体が温まるのに時間がかかる。だけど、温泉の場合、温かいお湯が直接肌と触れるわけだから熱効率がいい。その分、早くととのう感覚を味わえるはずなんですよね。

ーーなるほど……。

新堂さん:
まずは、温泉3分・水風呂1分を3セット試してほしいですね。たった12分でととのう感覚を味わえると思います。しっかりととのえたい方は5セット以上試してもいいでしょう。ただし、身体に負担がかかる入浴法なので、初めからガッツリと交互浴をするのではなく、徐々に慣らしていくのがおすすめ。そのあたりはサウナと一緒ですね。

ーーととのうまでだいたいサウナ1回で60分ほどかかることを考えると、だいたい5分の1。めちゃくちゃ効率よくととのうことができるんですね。

新堂さん:
あとは、温泉から脱衣所に上がる前に水風呂で締めること。

ーーそれはなぜ?

新堂さん:
収縮した血管が拡張していくときに、あのととのう感覚を味わうことができるんです。だから、温かいお湯に浸かって拡張した状態で上がるよりは、水風呂で一旦血管を収縮させてから上がった方が脱衣所内でジワジワ血管が拡張していく感覚を味わえて気持ちいいんですよ。

ーー温泉から上がった後もととのっていく。

新堂さん:
もちろん普通のお風呂でも温冷交互浴は効果あるんですけど、塩化物泉のようなぽかぽかしやすい温泉だとなおさらととのいやすいでしょうね。

「化学を全身で浴びる」魅力にハマって

ーーあと、どうしてここまで新堂さんが温泉にハマっているのかも気になっています。

新堂さん:
僕、もともと理系で理屈を考えるのが好きなんですよ。中でも、化学が僕のバックグラウンド。ただ、化学を身体で実感できるシーンって日常でなかなかなかったんですよね。

ーーふむふむ。

新堂さん:
そんなときに出会ったのが温泉だったんです。冒頭でお話ししたように温泉にはいくつもの種類があります。一つひとつ異なる泉質の湯に浸かって身体の感覚や肌の変化などを確かめながら、成分表と照らし合わせる。そんなことをしているうちにどんどんハマっていって。

▲長野県内の温泉を訪れている新堂さん。

ーーたしかにいろんな温度や成分など、さまざまな化学の要素が温泉に入っていますね。

新堂さん:
温泉に入れば、化学を全身で浴びることができるって気づいたんです。

ーー「化学を全身で浴びる」!

新堂さん:
温泉ソムリエ、温泉指南役、温泉観光士、温シェルジェ、温泉観光実践士……色々な温泉やお風呂に関わる資格を取り、入浴剤の研究員も経験しました。

ーーめちゃくちゃハマっていますね。

新堂さん:
自分の身体で好きな化学を味わえる温泉はたまらないですね。これからも温泉の魅力に浸かり続けたいと思います。

ーー説得力がすごいです(笑)。ありがとうございました!

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✍️書いた人

小林拓水(こばやし・たくみ)

「toishi」という屋号で活動しているコピーライターです。1990年生まれ。長野と東京を行ったり来たりしながら暮らしています。パンが大好き。