Moshipedia
もうすぐ47歳になるのに、煩悩が減らない。むしろ増している感さえある。百八つ全部コンプリートしそうだ。心静かに枯れていきたいのに、どうしよう。一つ一つでいいから消していきたい。
煩悩を消す、といえば仏教。そうだ、お坊さんの生き方から何か学べるかもしれない。
私は、長野県千曲市にある浄土真宗本願寺派・本覚寺に、海野紀恵さんを訪ねた。海野さんは放送局の元アナウンサー、いわゆる局アナ。現在はフリーでアナウンサーを続けながら、僧として布教活動をしている。
ちなみに、数多いるお坊さんのなかから海野さんを選んだのは、元会社員かつ伝える仕事という共通点があるからだ。決して煩悩のせいではないので、先に断っておく。
浄土真宗では、煩悩を「消さない」
–煩悩を消したいと思って来ました。
海野さん:だとすると、ここは浄土真宗のお寺なので、ご期待にこたえられるかどうか…。
–え? 浄土真宗は煩悩が消せないんですか?
海野さん:はい。浄土真宗は、煩悩は消せないものとして、煩悩とともにどう生きていくかを考えていく宗派なんです。宗祖の親鸞聖人は「煩悩を消せない自分」に悩まれて、修行していた比叡山を降りた方ですから。
–なんと。仏教と煩悩は敵対しているものだと思っていました。
海野さん:「俗」の中でどう生きていくかを突き詰めていくのが浄土真宗なんです。だから「やってはいけないこと」が少ないんですよ。
–たとえばどんなことですか?
海野さん:肉も食べますし、お酒も飲みます。結婚もしますよ。仏教の中には肉もお酒もNGという宗派ももちろんありますけど、浄土真宗は「俗」の中で仏道を歩むという宗派です。
–そうなんですね! でも、他の宗派から「そんなんで仏道と呼べるの?」みたいなこと言われたりしないんですか?
海野さん:ありますよ(笑)。こちらから見ると、禅宗の坐禅とか、真言宗のお焚き上げとかを、かっこいいと思うこともあります。
–なんかストイックに見えますしね。
海野さん:はい。でも、それぞれにいいところがありますから。
–そうですね。生活と切り離さずに考える浄土真宗なら、お坊さんになるのもアリだと思えてきました。
「強み」がほしくてお坊さんになった
–海野さんは、この本覚寺がご実家なんですよね? 元々「いつかは僧に」と考えていたんですか?
海野さん:いえ、まったく。大学も「できるだけ実家から遠いところに行きたい!」と思って、京都女子大学を選びました。でも、入ってみたら浄土真宗本願寺派と関係が深くて、ちゃんと仏教の授業もありました(笑)。しかも必修で。
–ご縁ですね(笑)。そこで、興味を持ったということですか?
海野さん:どちらかというと、仏教を含めて宗教全般に興味を持ちましたが、お寺のことを考えるのは、まだまだ先のことです。
–大学卒業後は放送局のアナウンサーになられたんですよね?
海野さん:はい、愛媛と山梨でアナウンサーをしていました。山梨ではテレビもラジオもやってましたね。
–その華やかな世界にいて、お坊さんになりたいと思ったのはなぜなんですか?
海野さん:元々は、アナウンサーとしての「強み」がほしかったんです。スポーツ中継が上手とか、何かの知識が豊富とか、そういう人がたくさんいる中で、自分には特長がないことに気づいたんです。何かを強みにしたいと考えたときに、実家はお寺だし「あ、お坊さんになろう!」と思って。
–動機としてはあまり聞いたことがない気が…。
海野さん:ですよね。ラジオでも、修行に行く前に「お休みを取って、お坊さんになって帰ってきます!」とか報告してました。
–めちゃくちゃ俗っぽいですね(笑)。
海野さん:今、考えると恥ずかしいです…(笑)。
お坊さんになるには?
–お坊さんになるには、どうすればいいんですか?
海野さん:浄土真宗では11日間の「研修」があって、その研修を終えると「お坊さん」と呼んでもらえる「僧籍」がもらえます。お葬式でお経を読むこともできるようになります。
–海野さんの名刺には「布教使」って書いてありますけど、これが僧籍というやつですか?
海野さん:いえ、「布教使」は僧籍を取ったあとで、さらに別の試験を受けて、いただく資格です。
–いろいろな資格と試験があるんですね。
海野さん:僧籍を取ったあと、住職になるには「教師資格」というものが必要になります。私は3年間、通信制の専門学校に通って受講資格を得たあと、再び11日間の研修を受けて教師資格を取りました。
–3年間とは、急にハードルが上がりますね。
海野さん:で、「布教使」というのは教師資格を持っている人しか受験資格がなくて。
–取るのはかなり難しそうですね。どんな資格なんですか?
海野さん:本山・西本願寺をはじめ、宗派の公式な場で法話ができる資格ですね。
–法話って仏様の言葉を伝えるやつですよね。本山でできるなんて、すごい資格じゃないですか。
海野さん:うちのお寺では過去にいなかったらしく、「そんなふうに育てたおぼえはない」って親から言われています(笑)。
アナウンサーだからこその強み
–それにしても、放送局のアナウンサーって花形の職業じゃないですか。僧籍を取ったあとも続けていたと聞きましたが、どうして辞めちゃったんですか?
海野さん:一つは、公共の電波で特定の宗教を布教するわけにはいかなかった、ということがあります。当時はラジオも担当していて、リスナーからのご相談に「お坊さん」の立場として答えていたりしてたんですけど、それが放送局としては問題だろうと指摘を受けまして。
–そうか、仏教って生活に密接すぎて意識しないですけど、特定の宗教ですもんね。
海野さん:ただ、局のアナウンサーという立場ではできないけど、フリーアナウンサーならできると思ったんです。
–なるほど。それで局を辞めてフリーに。
海野さん:もう一つは、たくさんの人から「お坊さん」として見られているのに、自分の知識や経験が足りていないと思えてきたからです。そのころには、アナウンサーとしての「強み」としてより、仏道を極めることそのものが大事になっていたんです。
–それで今は仏道一本に?
海野さん:いえ、フリーアナウンサーとの兼業です。本覚寺は今、父が住職を務めていますが、うちは代々、兼業なんです。
–アナウンサーを兼業しているお坊さんってなかなかいないですよね、きっと。アナウンサー兼お坊さんならではの強みってありますか?
海野さん:一つは、言葉への注意力です。法話というのは仏様の言葉の意味を間違えず、でも聞いている人にわかりやすいように伝えなければならないんです。これって結構難しくて。
–僕も言葉を扱う仕事をしているので、難しさはわかります。
海野さん:でも、アナウンサーをしてきたおかげで、「私」の言葉を排除しながら、正確な情報を伝えるということは慣れていました。
–なるほど、ニュースなんかは「私」の言葉を排除しなければいけないですもんね。
海野さん:あとは「声」です。声って本質的には変えられないので。
–先ほどお経をお聞きしましたが、何となくわかります。しっとりしてました。
海野さん:ありがとうございます。お経の意味はわからなくても、何だかホッとしたり、ありがたいと思えたりすることってあると思うんです。
–アナウンサーとしての強みがほしくて僧になったのに、アナウンサーのスキルが僧としての強みになったんですね。
海野さん:いいことも悪いことも、すべてのことが関連して今がある、というのも仏教の教えです。
–浄土真宗のことも、仏教のことも、もっと知りたくなってきました。今日はありがとうございました!
そして!
海野さんのお話がとてもおもしろいので、「バンゼン!?」の記事を書いていただくよう依頼してしまいました。近々、公開予定で準備を進めています。乞うご期待!
【出演】
SBCラジオ「Mixxxxxx+」月曜日・木曜日・金曜日担当
YBSラジオ「プチ鹿島のラジオ19××」
✍️書いた人
安斎 高志(あんざい・たかし)
コピーライター、編集者、映像ディレクター。合同会社案在企画室CEO(ちょっとイイこというおじさん)。二児の父。もしもに関する想像力のたくましさは極めつけの折り紙つき、かつ保証つきの太鼓判つき。