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🫥[短編小説]もしもが気になる田所さん『墓場で困る田所さん②』

✍️ 宮前じゃばら

もしも度:🫥🫥🫥🫥🫥

鳥のさえずりで目を覚ます。時計はまだ6時。

台所ではカチャカチャと、人の動く気配がする。

「みっちゃん、目玉焼とスクランブルエッグどっちにする?」

ベッドから抜けてきたばかりの田所恵に、ばあちゃんは笑顔で問う。

「ん~めだまやきでえ……」

生半可な返事をしながら、田所恵は、しまい損ねているこたつに身をねじこませる。

「お味噌汁はみっちゃんが好きなジャガイモ入りにしたからねえ」

鼻歌混じりで台所に立つばあちゃんの後ろ姿を見ながら、白湯をすすった。

「お待たせ~」

こたつの上には、つやつやのご飯、ジャガイモの味噌汁、目玉焼き、のり、梅干しが並んだ。

これ以上ない日本の朝ごはんだ。

「ん。ばあちゃん、出汁変えた?」

「そうそう、今日は煮干し」

熟年夫婦のようなほっこりした朝を迎えている二人だが、

田所恵と向かい合ってにこにことほほ笑む彼女は、まごうことなき幽霊だ。

ネギを切り、食器を洗い、パタパタ台所を歩いてどんなに生活感のある動きをしても、その足はスケスケ。 

ひょんなきっかけで、墓場で出会ったばあちゃん幽霊は、田所恵を孫のみっちゃんだと思い込み、

ばあちゃん幽霊の「家行っていい?」の言葉に安請け合いして家に招き入れてしまったのが、3日前。

この幽霊、なかなか帰らない。

 “もしも、ひょんなことで出会った幽霊が家に居座り着いてしまったら”

これまであらゆるもしもを考えてきた田所恵も、こんな日が来るとは想定していなかった。

しかし、もともと家事が苦手で、めんどくさがりの佃煮のような田所恵。
美味しい料理を作ってくれて、掃除洗濯をちゃきちゃきやってくれるばあちゃん幽霊に、すっかり甘えてしまう生活から抜け出せないでいた。

このままではいけない。

ばあちゃん幽霊の悩みは、「どうやっても成仏できない」こと。

それで、「みっちゃんみたいな若い子の智恵、借りれんかな思って」家にやってきたらしい。 

ばあちゃんは夫と2人暮らしだったが、夫は3年前に他界。

健康なばあちゃんは、特に大きな病気をすることもなくそのあと1人でのんびり暮らしていたが、半年前のある日、脳梗塞でぽっくり死んでしまったらしい。

長い闘病生活をしたわけでもないし、特に思い当たる未練もないので、

あの手この手で記憶を辿り、未練の可能性があるものを思いついては、息子さんの夢に出て、墓に持ってくるよう頼んでいたという。おじいちゃんにあげたネクタイとか、都はるみのポスターとか、若い頃付けてた日記とか。

「そんなウーバーイーツみたいに頼めるもんなの?」

田所恵が尋ねると、

「夢に出て、“あんた、これ持ってこないとどうなるか分かっとるやろね?”って髪振り乱して凄んだら、青ざめた顔して息子、翌日持ってきてくれるの」

ばあちゃん幽霊、やり口がなかなか極道だった。

そんな度重なる母親に強迫される悪夢に疲弊したのか、息子は体調を崩してしまい、さすがにばあちゃんも気が引けてきたらしい。

「だから、みっちゃんが来てくれたんよね、ごめんねえ。」

ばあちゃんは申し訳なさそうに言う。

田所恵は、「そうそう」と答える。
悪いな、と思いつつ1回ついた嘘はつき続けなければならない。

「ところで、九条ネギはどういう未練の可能性があったの?」

味噌汁をすすりながら、田所恵は聞いてみた。

田所恵が幽霊ばあちゃんと出会ったとき、墓には九条ネギが供えられていた。
それをかじっても、成仏できなかったのだ。

「ん~、あれはあ~……」

こたつの上に指で『の』の字をかきはじめるばあちゃん幽霊。

漫画でしか見たことないぞ、そのもじもじ仕草。

「まだじいちゃんと結婚しとるときになあ……ちょっと好きになってしまった人がいてなあ……タロさんって言うんやけどお……タロさんが、家の畑で九条ネギ育てとってえ……そっからばあちゃん、ネギは九条ネギ買うって決めとるんよねえ……」

頬を赤らめながら、ばあちゃん幽霊は語りだした。

「そのタロさんって、まだ生きてるの?」

「ん~生きてんのか死んでんのかは、分からんけどお……じいちゃん死んでからずっとタロさんのこと思い出してしまってねえ……はあ、タロさんにもっかい会えたらなあ……」

ばあちゃん幽霊は、憂いのため息をふう~っと吐いた。女の匂いがした。

 
それやん。未練、それやがな。

「タロさんに会えたら、ばあちゃん、成仏できるのでは?」

「ええ……そうなんかな……どうしよう」

ばあちゃん幽霊は、さらに顔を赤らめる。

「健康的な身体で会いたいし……ばあちゃん、ジム入会しよっかな……」

幽霊の欲、おそるべし。

(次号完結、ばあちゃん幽霊は、タロさんに会えるのか!?)

イラスト うちやまはるな

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✍️書いた人

宮前じゃばら

作家・脚本家。長野県松本市在住。ザラザラしたものをつるつるに磨くことと、火焔型土器を眺めるのが好き。